大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)136号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五一年一二月二三日、別紙のとおり「七人雅楽」の文字を左横書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)につき、第二四類「おもちや、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く)、レコード、これらの部品及び付属品」を指定商品として商標登録出願(昭和五一年商標登録願第八六〇二〇号)し、昭和五四年一〇月三一日、指定商品を「雅楽を演奏するひな人形」と補正したものであるところ、同年一二月一五日、拒絶査定を受けたので、昭和五五年二月八日、審判を請求し、昭和五五年審判第一五八三号事件として審理されたが、昭和五六年三月三〇日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年四月二二日、原告に送達された。

二  審決理由の要旨

本願商標の構成及び指定商品は前項記載のとおりである。

本願商標を構成する「七人雅楽」の語は、七人で合奏する雅楽の意味合いを容易に認識させる語であるところ、本願商標の指定商品である「雅楽を演奏するひな人形」との関係からみると、三月三日に飾られるひな人形の型式の一つである一七人揃段飾りセットは、親王飾り(男びな、女びな)、三人官女(銚子持、三宝持、長柄銚子持)、随臣(右大臣、左大臣)、衛士(台笠持、沓台持、立傘持)とともに①火焔太鼓、②琴、③琵琶、④羯鼓(カッコ)、⑤笙、⑥立笛、⑦横笛の雅楽に使用される七つの楽器をそれぞれ所持した七人の楽士からなる合計一七体のひな人形で構成されているのが実情である。

してみれば、本願商標をその指定商品に使用する場合、その「七人雅楽」の文字は、右実情に照らし、雅楽に使用される七つの楽器をそれぞれ所持してなる七体の人形の意味合いを表わすものであると取引者、需要者は観念し、単に商品の品質を表現するにすぎない文字として理解、把握するにとどまり、これをもつて自他商品の識別標識としての機能を果たす文字とは認識しえないものと判断するのが相当である。

したがつて、本願商標はその指定商品につき単に商品の品質を表示するに過ぎないものと認められるから、商標法第三条第一項第三項の規定に該当し、これを登録することができない。〈以下、事実省略〉

理由

一請求の原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。

二審決の取消事由について判断する。

1  本願商標は、前示のとおり、第二四類「雅楽を演奏するひな人形」を指定商品とし、「七人雅楽」の文字を左横書きしてなるものであるところ、〈証拠〉を総合すれば、桃の節句に際して飾られるひな人形の段飾りセットの市販品の形式として、親王飾り・三人官女・五人囃子・随臣・衛士の計一五体の人形よりなる伝統的形式のもの(以下「ひな人形一五体セット」という。)のほか、右の五人囃子に代えて雅楽に使用される七種の楽器をそれぞれ所持した七人の楽士を模した七体の人形(以下「七体組楽士人形」という。)を組み合せた計一七体の人形よりなる形式のもの(以下「ひな人形一七体セット」という。)も、遅くとも昭和四四年ころからひな人形の業界で一般に市販されて今日にいたつているものであるが、原告においても、その業界の潮流に従い、七体組楽士人形としては、横笛・ひちりき・笙・羯鼓・火焔太鼓・びわ・琴を奏する七人の楽士を模した形態のものを開発し、昭和五〇年九月一三日、これにつき意匠登録出願(その後登録第五二〇二七〇号をもつて昭和五四年九月二七日意匠登録されるに至る。)するとともに、昭和五一年九月に開催した店内見本市においては、右七体組楽士人形を組み合せたひな人形一七体セットをも展示し、以後、新聞折込み等によるチラシの配布、電車内の吊広告、雑誌への広告の掲載、テレビの一五秒スポット広告その他の手段を通じて、「七人雅楽」の語を用いつつ、右七体組楽士人形を組み合せたひな人形一七体セットを、これを単独で、あるいはひな人形一五体セットその他のひな人形類と併せて広告、宣伝し、その販売促進に努めてきた事実を認めることができる。

2 右認定のとおり、七体組楽士人形を組み合せたひな人形一七体セットが本願商標出願以前から一般業者により市販されてきているものであり、雅楽の楽器ないし演奏、奏者にちなんだ七体組楽士人形も、これを五人囃子に代えて組み合せたひな人形一七体セットも、それ自体原告の創作とは認め難い事実、及び原告も自認するとおり、「七」の数が従来我が国で、まとめの単位などとして親しまれ、「三」「五」の数と対比、組み合せて使用されることも少なくなかつたこと、「雅楽」が我が国の文化において、音楽の分類上、欠くことのできない一般的な用語であること、ひな人形の備える王朝風俗と「雅楽」の持つ語感との連想の近しさなど、弁論の全趣旨を総合すると、本願商標「七人雅楽」をその指定商品に使用するときには、同じくひな人形に使用され、しかも、類似した語の構造、意味合いを有する「三人官女」や「五人囃子」の語がそれぞれひな人形段飾りセットとして組み合された三体組の官女人形、五体組の囃子方人形を意味するものであることを容易に想起させることとあいまつて、七人で奏する雅楽を模した七体のひな人形一般、つまり七体組楽士人形を意味するものとして需要者に認識されることは、経験則に照らし明らかというべきである。原告は、七人で奏する雅楽なるものは実際には存在せず、「七人雅楽」なる語は原告の創作に係るものであるから、該語が右のような意味を持つものと認識されることはない旨主張するけれども、現実に七体組楽士人形を組み込んだひな人形一七体セットが市場に存在している以上、これを念頭に置いて本願商標に接する取引者、需要者らにとつて、雅楽の正規の形態として七人で奏するものが存するか否かは、「七人雅楽」なる本願商標をもつて七体組楽士人形商品の品質ないし形状を表示しているものと認識することをなんら妨げることがらではないし、また、「七人雅楽」なる語の選択が標章の創作として、原告にとり、いかに当意即妙、もしくは苦心の末のものであつたとしても、その語の構成上、七体組楽士人形一般を指称しこそすれ、商品として存在する七体組楽士人形のうちの特定のものを指称することができる構成を備えているものではないから、原告主張の右事情は、なんら前記認定を妨げるものではない。なお、原告の業務に係る七体組楽士人形については、前記認定のとおり、原告において意匠権を取得しているものであるけれども、その意匠が自他商品の識別機能を有しているからといつて、これに付される本願商標までが、右特定の意匠に基づく七体組楽士人形商品のみを指称するものとしての識別力を有するもの、もしくは有するにいたつたものとは、本件全証拠によつても、到底認められないところである。原告は、また、七体組楽士人形は取引者の間で一般に「七楽人」と称されているものであり、この事実からして、「七人雅楽」の語が具象的人形そのものを指すと理解されることはない旨主張するけれども、「七楽人」なる語が、七体組楽士人形を制作、販売している特定の業者によりその商品の説明に使用されている事実こそあれ、これが七体組楽士人形一般を指す普通名称として取引者間で通用していることをうかがわせるに足りる証拠はなく、前記認定を妨げるものではない。

以上のとおりであるから、本願商標はその指定商品「雅楽を演奏するひな人形」につき、単に商品の品質を表示するにすぎない文字のみからなる商標と認められ、これが商標法第三条第一項第三号の規定により商標登録を受けることができないとした審決の判断には原告主張の誤りはない。

3  原告は、更に、本願商標は使用による特別顕著性を有するに至つているものであると主張する。〈証拠〉によれば、いずれも原告の依頼に基づき、あらかじめ用意された文面を用いて、その取引先が好意的に作成したものと推測される点を考慮の外に置くとしても、その記載からは、本願商標の使用により、ひな人形を取扱う業者間では広く、取引先である原告を認識できるものとなつていることがうかがえるが、右の作成過程など弁論の全趣旨及び後記認定事実に照らし、一般需要者、ことに最終消費者にまで原告を認識できる程度に普及している証左とは到底できないところである。

また、前記認定のとおり、原告は、展示会その他、各種情報媒体を活用して、「七人雅楽」の標章を用い、その開発に係る七体組楽士人形を組み合せたひな人形一七体セットの宣伝・広告を重ねつつ、販売促進に努めてきたものであるが、〈証拠〉によれば、その宣伝広告をするに当り、本願商標の表示とともに、これを「大宮人飾り」と称して、その特徴が従前の伝統的なひな人形一五体セットと比して五人囃子を七体組楽士人形に代えた点にあることを、「五人囃子から七人雅楽へ」、「七人雅楽の大宮人飾り」、「ひときわ人気の七人雅楽です」等として強調するとともに、その由来につき「江戸時代、町家において親王雛に五人囃子が飾られたころ、公家においては一層みやびやかに楽人を飾る風習が生まれた。原告は、この古事にのつとり七人雅楽を創作し、伝統の中に優雅さと古典美を表現した。」旨の説明文を加えることを常とし、それぞれの場合に応じて、七体組楽士人形を組み合せたひな人形一七体セットないし七体組楽士人形の商品写真を配して、これに「七人雅楽」、「奏楽台付七人雅楽」、「三人官女・七人雅楽付」等の説明を付記する等してきたものであり、いずれの場合にあつても、本願商標は、これら商品に対する説明的な語句等を伴つて使用されてきたのが通常であつたことが認められるし、また〈証拠〉によれば、本願商標の出願に先立つ遅くとも昭和四四年ころから、この種業界で有力な同業者から七体組楽土人形を組み合せたひな人形一七体セットの完成品が市販されており、その後、手芸用の木目込人形の材料としても市販されている事実が認められるので、原告の前掲宣伝・広告また販売促進の実を以てして、ただちに一般需要者に本願商標自体が原告の業務に係る商品を表示するものとして行き渡つていることを証するものとはし難いところである。

そして、他に、本願商標そのものが、原告ないしそれをうかがわせる特定の者の業務にかかる商品「雅楽を演奏するひな人形」を表示するものとして需要者間に広く認識されるに至つている事実を認めるに足る証拠は存在しない。

そうすると、本願商標が商標法第三条第二項の規定により登録を受けることができる旨の原告の主張は理由がないし、審決が、ことさら該当規定の条文の項目にわたる対応を掲げていないなど判文必ずしも適切とはいえないところがあるけれども、実質上右のとおり特別顕著性がないものと判断をして結論にいたつているものと解されるから、審決がこの点につき判断を遺脱し、あるいは判断を誤つたとはいえないので、原告の主張は採用できない。〈以下、省略〉

(舟本信光 舟橋定之 八田秀夫)

別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例